Season7-3 沈黙のカナリア

Season07

細かいことが気になる女が、相棒を見て思ったことを好き勝手に書いています。
今回は、Season7-3 沈黙のカナリアの感想です!

あらすじはこちら↓
https://douga.tv-asahi.co.jp/program/16839-24213/24215?auto=t

このエピソードをまとめると

社会派ミステリー・相棒

このエピソードでは、ワーキングプアという概念が重要なポイントとなっていました。
このエピソードの初放送年は2008年ですが、2000年代を象徴する社会問題を背景にしたエピソードとなっていましたね( ・`ω・´)

これ以外にも政治家の腐敗、為政者と庶民の隔たりなど、いまだに解決されない社会の構造的問題も盛り込まれていました。
社会派ミステリー・相棒を強く感じられるエピソードでしたね(・∀・)

個人的ポイント

5年

今回の犯人は、幼い頃の無念を晴らすため、「復讐のためだけに生きてきた」と豪語していました。
しかし、そんな犯人は、復讐が実行可能な状況になっても、5年間何もせずにいました。

一体なぜなのか?
それは、復讐の対象として追い続けてきた人物の優しさに触れたからでした。

人間というのは本当に複雑な存在です。
憎悪の対象としか思っていなかった相手だとしても、その人に実際触れてみると、優しさ、愛情からくる厳しさなど、いろいろな側面が見えてきます。
そんな、相手の人間味に触れたときに生じた迷いが犯人自身の口から語られました。

憎いから殺してしまいたい。そんな一心で生きてきたはずなのに、ためらいが生じる。葛藤が生じる。
そんな犯人の揺れる心生々しく感じることができました。

結局犯人は、迷いを振り払うように復讐を実行してしまいました。

どうにか迷いで止まれなかったのかな?
そこで許すことはできなかったのかな?

視聴者としても苦い思いが残る回でした(´・ω・`)

タイトルの意味は?

いつも端的にエピソードを象徴している相棒のタイトルですが、このエピソードのタイトルである「沈黙のカナリア」は、ちょっと考えてみないと意味が分からないと思ったので、じっくり考えてみることにしました。

このタイトル、一体、何を表しているのでしょう?

もちろんヒントになるのは、ラストシーンの右京さんと薫ちゃんの会話です。
ラストシーンで右京さんは、カナリアの習性に触れた後、その習性が炭坑でどのように利用されたかを語ります。
その話を聞いた薫ちゃんは、「なんだか哀れな話ですね」と感想を述べます。

この話をヒントに、私なりに今回のタイトルの意味を考えてみました( ・`ω・´)

私は、カナリアというのは、弱者を意味しているのかな?と思いました。

炭坑でのカナリアは、自由を奪われ、自分の習性を利用されてしまいます。
危険を察知しても黙るしかなく、それを利用されます。

この点が、弱者の置かれた状況とよく似ているのではないかと思いました。
弱者は声を上げられず、利用されます。
犯人の母親は、黙ったままこの世を去ってしまいました。
犯人自身も、「弱いから利用されるんです」と語っていました。

声を上げることもできない弱者の苦しみが、この「沈黙のカナリア」というタイトルに凝縮されているのかな?と思いました。

いたみんとせりーのヘルメット姿

全体的に重苦しい雰囲気のこのエピソードですが、唯一笑える場面があります。

それが、いたみんとせりーのヘルメット姿(*´艸`*)

聞き込みで工事現場に行った2人。安全対策のためか、ヘルメット姿で容疑者に会いに行きます。
2人とも似合っていて面白かったです(笑)

この2人、意外といろんな格好させられてるんですよね( ˘ω˘)
2人がいろいろな格好をしているエピソードをまとめてみたら面白いかも、なんて思いました(●´ω`●)

おわりに

以上、Season7-3 沈黙のカナリア の感想でした。

今回はタイトルの考察なんてしてみました( ・`ω・´)
こんなふうに深く深く、細かく細かく、相棒を味わいつくしていければと思っています(*´艸`*)

それでは、次回もまたよろしくお願いします(●´ω`●)
最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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